2018年引退!安室奈美恵の素顔とは!?

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1.2018年引退!安室奈美恵の素顔とは!?


安室奈美恵さんといえば、日本を代表するトップアーティストのひとり!年代を問わず誰でも知っていますよね。

そんな安室さんですが、どんな経歴でトップアーティストとして活躍するようになり、現在にいたるのでしょうか?

また、安室さんは結婚や出産も経験しています。母親としての一面も、安室さんを語る上では欠かせません。

今回は、そんな大人気アーティスト、安室奈美恵さんの素顔をご紹介していきます★

[安室奈美恵のプロフィール]
男女問わず大人気の安室奈美恵さん!2017年にはデビュー25周年を迎えました。年齢は40歳を超えていますが、可愛さと綺麗さを兼ね備えた安室さんならではのスタイルで、男女問わず今も大人気です。それでは、最初にプロフィールをおさらいしておきましょう♪

名前:安室奈美恵(本名)
出身地:沖縄県那覇市出身
生年月日:1977年9月20日
身長:158㎝
血液型:O型
デビュー:1992年

安室さんは、「安室ちゃん」とも呼ばれて、ファンからも親しまれていますよね♪

3人兄弟の末っ子で、お兄さんとお姉さんがいます。

[沖縄アクターズスクール時代]

安室さんが小学校5年生の時、人生を変える転機が訪れます。

友達と一緒に地元沖縄のタレント養成所である「沖縄アクターズスクール」のレッスンに見学に行った時、校長になんとスカウトされたのをきっかけに芸能の道へ。

当初は月謝が払えないという金銭的な理由で入るのが難しいと考えていたようですが、
スクールの特待生として認められ、無事入所となりました。

最初の頃は引っ込み思案で大人しかったようですが、地元のカラオケ番組で優勝するなど、当時からアーティストとしての才能を感じさせる一面も♪

スクールに入所したばかりのころは、女優に興味があり演技の稽古をしていたようですが、

ジャネットジャクソンの楽曲をスクール内で観たのをきっかけに、歌とダンスの練習に没頭する日々を送っていたようです。

[SUPER MONKEY’S時代]

「SUPER MONKEY’S」は安室奈美恵さんが所属していた「沖縄アクターズスクール」のユニットです。

スクール内でも歌とダンスがトップクラスのメンバーで構成されていました。

安室さんが所属していたことでも有名ですが、なんとkiroroの玉城千春さんも一時期在籍していました。

安室さんは1992年4月から「SUPER MONKEY’S]に所属。安室さんをメインボーカル、4人のメンバーがダンス担当として選抜されました。

このダンス担当の4人というのが、安室奈美恵さんと同様に一世を風靡したダンスユニットの「MAX」です。

当初は5人で上京し、芸能活動を共にしていました。その後、安室さんがブレイクしたのもあり、個人での活動が目立つように。

4人も「MAX」としての活動が中心となっていって、「SUPER MONKEY’S」としての活動は1997年を最後に事実上解散し、安室さんも個人の歌手活動が増えていきます。

[小室哲也プロデュース時代]

安室さんは、まだ「[SUPER MONKEY’S]に所属していた1995年頃に小室哲哉さんと出会いました。

小室さんは、「THE夜もヒッパレ」という番組で安室さんを観て、かなり気になっていたそう!

この番組の準レギュラーだった安室さんがその時に歌ったのは、小室さんがプロデュースしていたTRFの「Boy Meets Girl」です。

軽やかに踊りながら歌う安室さんを観て、小室さんは「TRFの曲は楽勝で歌って踊れるんだよってプレゼンしているように勝手に感じた」と語っています。

1995年、安室さんは「TRY ME」という曲をリリースして大ヒット中。

そのプロデュースをしていたevexの当時専務取締役だった松浦氏の仕事のパートナーが小室さんだったこともあり、

その繋がりで安室さんのプロデュースも小室さんが手掛けるようになりました。

当時18歳だった安室さんは、小室さんに対して「とにかく大きなところでコンサートがやりたい」、

「ジャネットジャクソンみたいなブラックミュージックがやりたい」と話していたそう。

若いころから明確な目標を持っていたことが伺えます!

小室さんはその時、安室さんと話して「18歳のTRFバージョンが凄くハマりそう」と思ったのだとか♪天才同士が出会った瞬間ですね★

小室さんがプロデュースしていた時代には、安室さんもヒット曲を連発!安室さんのファッションやメイクを真似する「アムラー」が大流行して、

社会現象にもなりました。小室さんが安室さんに手掛けた曲は6年間で16曲にもなりました♪

2017年にはドコモのCMで再度タッグを組んだ2人!1992年、2000年、2010年、2017年とそれぞれの時代の携帯電話と、

当時のメイクやファッションなどを身にまとった安室さんが観られます。

40代なのに、10代の頃のメイクが似合うとはさすが安室ちゃん♪まだ観たことがないという方は、この機会にぜひ一度チェックしてみてくださいね!

可愛くてキレのあるダンスと歌声に引き込まれること間違いなしです!

[絶頂の中、結婚と出産を経験]

1997年に、TRFのダンサーSAMと結婚、妊娠を発表した安室さん!

当時は2人も人気絶頂期だったので、テレビや週刊誌などでも大きく取り上げられました♪

安室さんは当時20歳で、SAMさんは35歳。15歳差という2人の年齢差の話題となりました。

ですが、安室さんは当時から大人っぽい女性だったので、並んでいる2人を見ても違和感は感じられません♪翌年の5月に、長男の温大くんを出産しました。

[離婚、そしてシングルマザーに]

結婚後もSAMさんの育児の様子が週刊誌に掲載されるなど、仲睦まじく家庭生活を送っていたように思えた2人ですが、

2002年7月に離婚…… 

離婚の原因は、SAMさんが安室さんに対して仕事をできる限りセーブして家庭を守って欲しいと感じていたことや、

SAMさんの母親と安室さんの折り合いが合わなかったことが報じられています

離婚後は親権をSAMさんが持ちつつも温大くんと一緒に暮らしていた安室さん。

2人は同じマンションの別フロアに部屋を借りて、一週間交代で温大くんの面倒を見ていたそうです。

離婚はしましたが、育児に関しては良好な関係を築いていたことがうかがえます。

ですが、その後SAMさんの仕事が多忙になったのをきっかけに、安室さんは親権を受けるため、

家庭裁判所に申し立てを行います。それが認められて、親権がSAMさんから安室さんへと移ることとなりました。

度々週刊誌に写真を撮られたりと話題になった安室さんの息子、温大くんですが、小学校からインターナショナルコースに通い、

中学、高校もエスカレート式で進学していったようです。具体的な学校名などは不明で、

温大さんとされている顔写真も当時の安室さんの恋人だったV6の三宅さんではないか?とも噂されています。

息子である温大さんの情報が大きく流出していないのは、安室さんが必死で彼のプライバシーを守っているからではないでしょうか。

音楽界の第一線としてマイクを握りながらも、子育てをするのは、たやすいことではなかったはずです。

忙しくても18時以降の仕事は入れない、朝は6時に起きてお弁当を作る。長期間仕事で留守にした後は、

休みを取って旅行へ行くなど徹底した子育てを継続できたのは、母親としての責任と愛情に他なりません。

イギリス雑誌のインタビューで育児について行かれた時、安室さんは

「息子のためにがんばらなきゃいけない。それが生きがい。世間は息子を捨てた低俗な母親と思っているかもしれない。メディアもこぞってそう書き立てた。
けれど、人がどう思おうと関係ない。私は、息子のため、自分のために歌い続ける」
と答えています。

[母親の事件の時、引退を考えるも復帰]

話が少し戻りますが、小室さんがプロデュースを始めてから、

一気にトップアーティストへと駆け上がっていったころの1999年の3月、安室さんにとって大きな事件が起こります。

安室奈美恵さんの実母である平良恵美子さんが、義理の弟に襲われ、命を落としてしまったのです。

この事件は安室奈美恵さんの親族間で起こったのもあり、テレビや新聞、週刊誌は大きく報道しました。

また、犯人である義理の弟が事件の4時間後に山中で死亡していることが分かると、

事件の動機や背景が明確ではないまま、事実と推測が組み合わさり報道されていきました。

親族間のトラブルなども報道され、安室さんは一時期プロモーション活動を休止せざる負えない状況に追い込まれていまいます。

ですが、この事件のわずか12日後の3月29日に放送された歌番組「HEY HEY HEY」で歌手活動を再開。

司会のダウンタウンもこの時は口が重く、緊張していた様子だったそうですが、

安室さんはひとこと「ご心配をおかけしました」とコメントしました。同番組では、新曲の「RESPECT the POWER OF LOVE」を歌いきって、復帰を果たしました。

のちに、安室さんは当時を振り返り「あの当時、歌う曲が『RESPECT the POWER OF LOVE』で本当によかった。歌ってて自分も元気になれた。もし他の曲なら泣いて歌えなかったかも…」と語りました。
事件後12日後に復帰という事実もすごいですが、あれだけ多くの報道がされていた中、自分を守り続けた安室さんの芯の強さも垣間見えます。

ファンの方達の声援も力になって、復帰に繋がったのでしょう。

[自分の選曲やアイデアを用いて、新たな音楽性を確立]

小室さんのプロデュースのもとで、数々のヒット曲をリリースしていった安室さん。

2000年には沖縄サミットのテーマソング「NEVER END」

をリリース。サミット中に各国の首脳の前で堂々と歌い切りました。

2001年「think of me/no more tears」のリリースを最後に、小室さんのプロデュースから離れることに。

2002年からは「SUITE CHIC」として、ZEEBRA、VERBAL、今井了介さんとの活動をスタートさせます。

それにともない、安室さんによる選曲やアイデアなど、セルフプロデュースも積極的に行うようになり、R&Bの女王としての高みへ近づいていくこととなるのです。

[再ブレイクまでの道のり]

そうはいっても、再ブレイクするまでには苦難も多くありました。

小室さんのプロデュースを離れたこと、宇多田ヒカルさんや浜崎あゆみさんなど、新しい歌姫の登場もあり、

リリースする曲も以前ほどの勢いはなくなっていまいます。

そんな安室さんですが、その辺りから仕事の路線が変わっていきました。

今まで出演していたテレビ番組などの露出が減り、代わりにライブ活動を中心に行うようになったのです。

一般受けしそうなポップスではなく、自分が好きで歌いたい曲をうたう。

言葉にするとシンプルなことですが、全盛期を経験した安室さんにとって、行動にうつすのは相当な覚悟があったはずです。

再ブレイクするまでの9年間について聞かれた時、安室さんは「楽な9年間じゃなかったですね」と少し笑いながらさらっと答えていたそう。

9年間は小さなライブでも歌い踊り続けたそう。安室さんのライブはMCが無いことでも有名ですね。

アーティストとして、歌やダンスを届けることが一番できることだと思っている安室さん。

低迷期も自分が好きな音楽を追求し、努力をし続けた成果が、現在の人気と歌唱力、ダンスに繋がっているのでしょう。

プロとしての意識の高さを感じますね。

[電撃引退宣言について]

そんな安室奈美恵さんですが、2017年9月20日、自身のサイトで「ファンの皆様へ」というタイトルで、2018年9月16日をもって芸能界を引退することを発表しました。

突然の発表にファンは驚き、悲しむ方も多くいましたが、「安室ちゃんらしい」、「最後まで応援する」といった前向きな反応も見られました。

11月には安室さんの沖縄ライブに密着したドキュメンタリー番組や独占インタビューなども放送され、

話題となりました。12月の大みそかには、引退前最後の紅白歌合戦に出場。2016年開催の「リオオリンピック」のNHKテーマソングでもあった「Hero」。

この曲を地上波で放送するのは初めてだったのと、引退前最後という話題もあってか、最高瞬間視聴率は48.4%を記録しました。

2018年の2月からは最後となるライブツアーを開催。安室さんは引退日前日にも沖縄の音楽イベントに参加するほか、

日本テレビは23年間の安室さんの歩みを、2時間半にわたって放送する予定です。

引退理由について、インタビューは「いろいろありすぎて」という漠然とした言葉で詳しくは語られませんでした。

そのため、様々な憶測がされましたが、安室さんのひとり息子である温大くんの存在も大きいのではないでしょうか。

安室さんが歌手活動をするにあたり、大事な存在で在り続けた温大くん。安室さんが25周年の節目を迎えたころ、

20歳となりました。大事に育て続けた息子が成人し、大人として独り立ちできたことも引退を決意するひとつの理由となったのだと考えられます。

[安室奈美恵は引退後何をするのか?]

2018年9月16日に引退する安室さんですが、引退後は一体何をするのでしょうか? 気になりますよね!

引退後の安室さんの動向ですが、週刊誌やネットの情報によると、京都の購入したマンションに住むのでは?といわれています。


息子の温大くんはお母さんである安室さんに、「引退後は海外にでものんびり旅行に行ってきなよ。安室奈美恵を知らない土地なんてたくさんあるよ」そう答えていたそう。

物心ついてから、芸能活動をスタートさせ、出産後は母としてひとりの息子を育て上げた安室奈美恵さん。

辛い事件や低迷期もありましたが、努力で乗り越え、笑顔で引退を迎えるでしょう。

ブログやSNSなどでも、決して弱いところは見せず、

お客さんが観てくれている以上はプロとして最高のパフォーマンスを提供し続けてくれました。

良いことも悪いことも、ひとりで受け続けてきた安室さん。日本では名前が知れ渡り過ぎていて、

プライベートも気が休まらないこともあったはずです。引退前にも、自身の親戚や関係者に取材が殺到し、心を痛めていた安室さん。

引退後はのんびり、自分と家族の時間を存分に楽しんで、

幸せに生きて欲しいですね。

[まとめ]

安室さんの経歴を紐解くと、この年月本当に全力で駆け抜けて生きてきたんだなと、改めて実感します。

引退がこんなに日本を騒がせるのも、安室さんが日本を代表するアーティストであり、歌姫であるといった何よりの証拠でしょう。

老若男女問わず、愛されキャラでファンを大切にし続けた安室さん。

引退前の広告では両手をあげて笑顔を浮かべる安室さんと一緒に「ライブは私の居場所でした」という言葉が添えられています。

安室さんにとって、ライブは家のような、かけがえのない、大切な場所で在り続けました。

引退をしても、その歌声とダンスは多くの人達の心に焼き付いて、決して離れることはないでしょう。 

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