クレイジージャーニーで明らかになった「ミイラ研究所の廃墟」

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2016年12月23日に放送された松本人志さん・設楽さん・小池栄子さんの
クレイジージャーニー『「奇界遺産」×「ミイラ研究所の廃墟」』”で紹介された情報を紹介します♪

「奇界遺産」×「ミイラ研究所の廃墟」とは?

佐藤健寿さん「ベネズエラ」に行く!

ベネズエラは世界一雷が多発する村を訪れ、
迫力ある稲妻をカメラにおさめました。
続いて、佐藤さんが向かったのは、なんとミイラ研究所の廃墟!

世界最高層のスラムだった”デイビットタワー”

佐藤さんは、ミイラ研究所に行く途中に、”デイビットタワー”に寄りました。
この場所は、佐藤さんが前からずっと見たいと思っていた場所。
45階建ての『デイビットタワー』と呼ばれるもので、1990年に建設がスタートしたが、
1994年に工事が中断したことで、廃ビルとなり、
その後、不法に人が住み始めて「ビル型のスラム」と化した場所。
しかし、最近になりこのビルを買い取った人が現れ、
中に住んでいた人を一掃して、再び廃墟に。

ミイラ研究所とはどんな所なのか?

首都カラカスから1時間のガリバンという村に行き、
ジープに乗って山に行き、険しい山道を登ること4時間以上。
やっとの思いで、佐藤さんはミイラ研究所に到着。

こんな山奥で、ミイラの研究をしていたのは、
ドイツ人医師のクノッヘ博士(1813-1901)
クノッヘ博士は、戦争のあるベネズエラで多くの人が亡くなるのを見て、
『この人たちの遺体を腐らせずにミイラにできないか?』という気持ちから
ミイラ研究所を建て、ミイラの研究を始めました。

中に入ると、棺が横並びに置いてあり、中にはレプリカのミイラが入っています。
クノッヘ博士はこの棺にミイラを保管していたようですが、
1979年に研究者がこの地を調べたときには既にミイラは1体も無かったそう。

クノッヘ博士はミイラを作る液体を開発しており、
死ぬ直前に、助手1人にだけその技術を伝え、自分の体をミイラ化するように指示しました。
その後、その助手は博士の技術を誰にも教える事がなく、記録も一切残っていないそう。
謎に包まれたミイラ研究所でした。

クレイージャーニー 少数民族と同じ服装で・・

↑昔書いた、クレイジージャーニーの記事が酷いので追記。
ミイラ研究所だけど、画像も無いからわかりにくいですね^^;

最近のクレイジージャーニーで楽しかったのは、8月16日の
テレビ初公開の少数民族を女性カメラマン(?)が訪れた話。

見た人いますか~?

アマゾンで一番儀式が多いそうなのだけど、実際ボール球技だったり・・

1年のうち7ヶ月間は、毎日1日2回で合計5,6時間かけて・・
ダンスする儀式があったり(←明らかに、疲れるでしょ^^;)

かなり面白かったのだけど、一番面白かったのは、
男性はやたらフレンドリーだけど、女性からは逃げられるところ。
女性はササササーっと逃げて、コントみたい。

でも、『同じ服装作戦』でほぼ裸の格好になったことで、
一気に打ち解け合っていましたね。
これは、面白かったですね。

なんかアマゾンとか地球の裏側の人なんて遠い存在すぎて
コワイのだけれど、このクレイジージャーニーを見て・・
なんだか、こんなイイ人達でフレンドリーな感じの民族が
いるなんて、なんて言っていいかわらかないけど・・・

なんか、嬉しいと感じました。素敵だなと。
その少数民族のおばあさんが「何をしている時が幸せ?」と聞かれ
「毎日毎日が全て幸せだから、答えられない」というような
事を言っていたことも、感動でした☆

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